鴨方町史



衣料切符の交付

昭和19年5月21日付けの町報にて衣料切符の交付通達が出された。
「本年度衣料切符が近いうちに交付されることになりました。
ついては家族調べが各部落長よりありますから、年齢の嘘をいったり、居ない人を申告したりして、不正の行為がありましたら、本人はもとより、経由の部落責任者も罰っせられますから、充分ご注意下さい。」


空襲

県下で最初の空襲は、昭和20年4月1日B29 1機による水島三菱重工製作所を襲ったもので、その後数回にわたり空襲があり、また、6月29日岡山市が大空襲を受けた。
 終戦の年鴨方面に出された警報の情況
 
四月 計八回(警戒)
五月 計十六回(警戒)
六月 計十九回(警戒十六回、空襲三回)
七月 計四十一回(警戒三十一回、空襲十回)
八月 計十五回(警戒十一回、空襲四回)


食糧の増産

昭和19年4月鴨方町は常会の徹底事項として、次のように町報で指令している。
・ 一人残らず増産に挺身すること。
・ 空襲への不断の準備を整えること。
・ 私事の旅行は一切止めること。
・ 空き地は一寸も残さず増産に役立てること。
・ 生活を徹底的に簡素にすること。


2000年11月12日