「漁火恋歌」とはいかないが


日比の五洋建設・明神寮のおばちゃんは世話好きであった。
僕もその頃同級生たちがつぎつぎと結婚していくという時代であった。

おばちゃんは渋川の人とお見合いをすすめてくれた。

相手の人は日比の隣町の渋川で旅館を営む家の女性であった。

この事を茂平の実家の親にいうと、手土産に「イチゴ」をくれた。それを持って約束の時間に彼女の家・旅館に行った。
すぐ階段を上がり二階にとおされた。

相手の女性はかすりの着物を着て待っていた。


かすりの着物がなんとなく彼女に似合い、その彼女の家族のかたの厚意を感じた。




この見合いはそれきりになった。いい感じであたんだけど・・理由は僕にも彼女にもそれ以上があるということだったんだろう。


その頃小柳ルミ子がうたう「漁火恋歌」となにか・・着ている物、そのほかに・・・も似ていた。ようだ。

2000年12月3日

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