いいさんの自転車

いいさんはすぐ近所に住む、僕より八歳年上であった。
いいさんは三人兄弟でお姉さんと、まきちゃんとういう妹がいた。

いっしょに遊んでいたいいさんも、いつか中学三年生になっていた。
田植え期の「しろみて」の日、いいさんは勉強の為ご馳走に顔を見せなかった。

少年の僕にとっては、これは大きな事件だった。
「しろみて」は子供にとってはお祭りと並ぶ大事な日であった。
それ以上に「勉強」がこれほど大きい、しなくてはいけないものなのか?という恐怖感。
を、いいさんは感じさせた。


ある天気の好い日、棗の木の下でいいさんは自転車のカタログを見せてくれた。
その自転車はピカピカで当時「青春サイクリング」の小阪一也が乗るような、茂平離れした自転車だった。

いいさんはそのカタログを僕たちに見せながら「これを買ってもらうんだ。」と言っていた。年少の僕たちはうらやましくてため息をつくだけだった。


いいさんは金浦中学校を卒業して福山へ勤務した。

いいさんは双子の親となり、今度はまた双子の孫をもつおじいいちゃんになった。
いいさんはいつも会うたびに見るたびにしわが増える以外まったく少年の日々と変わらない。

2000年11月18日