広島県は県下の主要都市を空襲の被害から守るため家屋疎開の計画をたて緊急に実行していた。
福山市も県と協議し6月末に現地調査をし、7月末には除去を完了する予定であった。
疎開家屋は400〜500戸と見積もられた。福山市では7月25日、米軍機が上空から「日本国民に告ぐ」というビラを投下し、数日中に爆撃すると予告したため、市民を緊張させたが、8月にはいるとどうしたことか空爆はピタリとやんだ。
ようやくいぶかしく思いはじめた6日の午前8時15分、広島に原爆が投下され一瞬のうちに廃墟と化した。
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2001年4月30日