2021年10月22日    金曜日      「燃えよ剣」    神辺     
福山市神辺町・エーガル8   「燃えよ剣」       9:25〜12:00   12:49〜13:45     
               



何年かぶりに映画を見に行った。


司馬遼太郎の「燃えよ剣」、


あの小説を2〜3時間の映画に、どんなふうに、かつ面白くまとめているか、楽しみだな。









土方歳三とは?

土方歳三は若い時、石田村から出て来て上野のいとう松坂屋に奉公したという話がある。
色白の小さな男で、なかなかおしゃれであったが、いつの間にか食事係の方の女中と関係を結んで追い出された。

近藤の門下になってから、試合に出る時などは、真っ赤な面紐を後ろへ長く垂らして朱塗りの皮胴で悠々とやるので、
土方を知らぬ人間などは、うっかり油断してひどい目に逢わされた。
諸手突きがうまかったとの話である。

村で出来る「石田薬」というのが傷によく利くといって、新選組同志一同には常備薬としてこれを持たせていた。


「戊辰物語」 東京日日新聞社編  岩波文庫 1983年発行












新選組とは?


要するに新選組は、文久三年から慶応三年に到る京都滞在の五年間、
ほとんど暗殺謀殺、剣戟の沙汰を以って終始した。

まず京都郊外壬生の新徳寺を本部として、慶応二年春本願寺学林に移り、
同年初冬、七条堀川に屯所を新築して移転、翌三年12月には屯所を引き払って、伏見奉行邸へ移った。

当時幹部は、
隊長 近藤勇
副長 土方歳三
副長助勤 沖田総司 長倉新八 原田左之助 井上源三郎 斎藤一 山崎進
浪士調役、会計、伍長、(他略)
合計隊士67名である。

鳥羽伏見の戦いが終わって、江戸へ引き揚げとなった時には、
隊士の合計は44名になった。


「戊辰物語」 東京日日新聞社編  岩波文庫 1983年発行













はじめて壬生で呱々(ここ)の声を上げたときの13名の壮漢は結局どんな運命だったのか?


芹沢鴨 近藤勇一味に暗殺された
近藤勇 武州板橋で刑死
土方歳三 蝦夷函館五稜郭で戦死
藤堂平助 油小路にて惨殺さる
原田左之助 江戸本所にて鉄砲傷化膿で死す
永倉新八 大正4年病死
山南敬助 切腹
野口健司 切腹
新見錦 詰腹
沖田荘司 病死
井上源三郎 淀川で戦死
平山五郎 寝首
平間重介 脱出


「戊辰物語」 東京日日新聞社編  岩波文庫 1983年発行




敵と闘い死んだのは、土方歳三と井上源三郎の2名。
畳の上で死んだのは、永倉新八(維新後、杉村義衛と改名)の1名のみ。


岡山県に縁の、備中松山藩士だった七番隊長・谷三十郎(←今は、松山城の殿様猫に名を残す)は横死している。










で、主人公の土方歳三の最後はどうだったのか?










土方の死をめぐる謎

五稜郭に入場した後、土方歳三率いる陸軍は、わずか一日で松前城を陥落させている。
「土方がいれば必ず勝つ」、兵士たちの信頼を一身に集めた。

しかし翌明治2年4月新政府は反撃を開始した。
榎本、大鳥等は早期降伏に傾いていたが、土方は徹底抗戦を望んでいた。
先頭に立って新政府軍と戦っていた土方は、馬上で敵の銃弾を受けて絶命したといわれている。

戦闘終了後、官軍は戦死者の点検をしたが、その時土方の遺体も墓も発見されなかった。


「NHK歴史発見」  角川書店 平成5年発行









映画は小説や、史実に割と丁寧に仕上げていた。





ちょっと物足りない、というか個人意見として

新選組の前半(芹沢鴨死亡まで)が長く、後半(鳥羽伏見から蝦夷まで)が短かった。


殺し合いの場面をもう少し、手短かにすれば、もっと面白い映画になったと思う。

それと、新選組について20〜30分でも調べてから見ないと、(知らずに見ると)ストーリーが意味不明だろうな。




(神辺町「フジグラン」エーガル8)



箱田良助生家



2021年10月23日