2016年2月11日  木曜日 8:30〜12:00  主催・にいやま史跡探訪ウオーキング実行委員会
笠岡市山口・新賀・関戸  第17回史跡探訪とウオーキング「新賀を通って関戸廃寺を訪ねる」


建国記念日は、

今年も新山公民館の「史跡探訪とウオーキング」へ参加、

そして今年も会長のT先生の挨拶ではじまった。








今年のテーマは、「新賀を通って関戸廃寺を訪ねる」。









最初の訪問地は新賀の中谷家。




中谷家は戦国時代武将で、江戸時代〜昭和に庄屋、戦後は薬局。




後ろの山は中谷家が村上水軍を迎え撃った諏訪山城跡。













新賀のバス路を南へ進む。















「吉岡信元」生家。

吉岡信元は松尾芭蕉と同時代の文人・徘徊師。





吉岡信元生家の東隣に中山家がある。

中山家は神職・中山喜彦、その子郷土史家の中山正英氏の生家。













新賀から関戸に向かう。



七鍬池ふきん。



















関戸の戸川家。





先の中山家も、この戸川家も

えいちゃん金浦中学校時の教員をされていた。











関戸村は江戸時代に摂津麻田藩の飛地、その庄屋を務めていたのが戸川家。







お屋敷前では、戸川先生がウオーキング者を待っていた。


先生は座ったままで話された。

「今日は、・・・・紀元節の日だったかなあ」


今年は”紀元”で言えば2676年。










戸川家の門柱、屋根を突き抜けている。



















戸川家の邸内には先生のアトリエが並んでいた。

すべてが前衛的な洋画で、先生の絵画に日本画は含まれないようだ。




尾坂川、その背後は尾坂ダム堤。













ここは関戸公会堂まえ。





「花操(はなぐり)峠」の説明があったが、

よく聞いていなかった。












関戸公会堂から関戸廃寺跡へ向かう。

梅の花、ぽつぽつ。

今日の天気は2月でいちばん。気温もあがってきた。

















本日の最終訪問地、関戸廃寺が前に見えてきた。


関戸廃寺は飛鳥時代に建立された寺院。







平安時代に焼け落ち、以後再興・再建される事も無く田んぼと化した。








ここでの説明役は笠岡市教育課のAさん。




Aさんの説明は子供にもわかりやすく、古代にロマンを馳せる話し方だった。












主塔(五重塔または低層)の礎石。

焼け落ちた(出土した)塔の破片は一部を笠岡や倉敷の考古館に保管し、大半は田んぼに埋め戻した状態で保存しているそうだ。







これにて今回の”探訪地”はおしまい。



歩いて新山公民館に戻る。

今回もおにぎりととトン汁をいただいて帰った。




こうゆうイベントでないと門内に入る事が不可能な、「中谷邸」と「戸川邸」を拝見する事が出来た。

10年以上連続して参加しているが毎回楽しい。





















今年も高校の友人・Oくんといっしょだった。


一ヶ月前、山陽新聞の集い欄に”O先生を囲む会”の写真記事が掲載された。


その日、(えいちゃんはメールを送ったが)

朝の7時半から自宅の電話が鳴りっぱなし、2〜3日間電話がつづいたそうだ。

遅い人は3日前に「電話するのを忘れて遅くなったが・・」と反響はまだまだのようだ。





Oくんと話して、

高校同級生と4月3日、城山で花見をすることを決めた。


その日が晴れればいいな、桜はあっても無くても。









つぎ・「おとなびパス」で福岡県久留米市に行く



2016年2月12日