2014年7月18日 金曜日 | 笠岡 | ![]() |
ヘブンスそのはら(富士見台高原) | ![]() |
ホテル着 | ||
長野県長野市松代町松代 | 7:40 | 13:25〜15:10 | 17:05 | ||||
読売旅行福山営業所 霧ヶ峰・美ヶ原高原と松代ロイヤルホテル2日間 |
ホテルに荷物を置いて妻を連れて散歩に出た。
雨が降らなければ、ホテルでの朝夕は「松代」と「川中島」の両方に行くつもりだった。
妻にどちらがいいか問えば、近い「松代」を選んだ。
旧松代駅舎。
建物はそのままで、バスの待合所や観光センターを兼ねている。
その松代駅の前に「汽車ポッポ」の記念碑がある。この曲を作った草川信が松代の生まれ。
戦前戦後で、
歌詞が変わった童謡(に限らないが)は多いがこの「汽車ポッポ」は、その代表だ。
変わりようを書いてみる。
戦後 | 戦前・戦中 | ||||
曲名 | 汽車ポッポ | 兵隊さんの汽車 | |||
歌詞 | 汽車 汽車 ポッポ ポッポ シュッポ シュッポシュッポッポ 僕らを のせて シュッポ シュッポシュッポッポ スピ−ド スピード 窓のそと 畑も とぶとぶ 家も とぶ 走れ 走れ 走れ 鉄橋だ 鉄橋だ 楽しいな |
汽車汽車 ポッポポッポ シュッポ シュッポシュッポッポ 兵隊さんを 乗せて シュッポ シュッポ シュッポッポ 僕等も 手に手に 日の丸の 旗を 振り振り 送りませう 萬歳 萬歳 萬歳 兵隊さん 兵隊さん 萬々歳 |
|||
えいちゃんが幼年期、
家のまわりで歌っていた時、となりのおばさんから歌詞が違うと言われた。
その時はおばさんの言う意味がさっぱりわからなかったが、
中学生か高校生の頃
やっとおばさんの言っていた意味が分かった。
おばさんはきっと、
線路沿いか、大門駅かで
わが子たちと共にこの曲を歌いながら、出征する兵士を送っていたに違いない。
松代城。4ヶ月振りだ。
その時は「松代大本営跡」が本命だったので、今日はゆっくりと見る。
もっとも、
お城への入場は午後5時が閉門で、本丸を外から周回する。
最初、
山本官助が海津城として築城し、その後江戸時代には上田城から真田家が松代城主として転封、幕末まで治めた。
石高は10万石の城。
江戸末期の佐久間象山が有名だが地元の観光ビラには「さくまぞうざん」と書かれている。
地名としては「ぞうざん」で、人名は「しょうざん」と思っていたが間違いのようだ。
松代出身者には他に
明治の松井須磨子
昭和の池田満寿夫。
前述の作曲家草川信もそうだ。
松代は”遊学城下町”を自称しているが、
このお城の石垣も橋も櫓も門も、
近年に補修や復元工事した様子だ。いい感じに雰囲気を出している。
ここは「歴史的道すじ」、右は松代小学校。
右が樋口家住宅、左が真田公園。
松代は歴史資産あり、
千曲川が流れ、
アルプスを遠望できる、信州らしい落ち着いた街だ。
散歩の後でホテルの夕食。呉や松江や岡山の都市名がテーブルに立っている、これは
呉営業所
松江営業所
岡山営業所
つまり、すべて読売旅行の団体ツアー客。
旅行コースは福山営業所と同じだが、距離的に離れているぶん出発時間や観光地での滞在時間が少し違うそうだ。
なお
夕食も朝食もバイキングだったがお味の方は”普通”という感じだった。美味くもなし、不味くもなかった。
これは食事後のショー「勝鬨太鼓」。
太鼓も衣装も迫力あった。
(もうちょっと照明に工夫があればゆうことなかった)
2014年7月23日