2014年1月12日 日曜日 福岡県太宰府市 「大野城跡」 | ||||||||||||||
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笠岡着 | ||
9:00頃 | 10:00頃 | 11:00頃 | 11:15 | 12:10頃 | 13:10頃 | 18:50 | ||||||||
大宰府政庁の背後の山が「大野城」で古代山城。
出来た時代も、目的も
総社市の「鬼ノ城」と同じもの。香川県の「屋島城(やしまのき)」とも同じ。
大陸から大唐帝国が攻めてくるのを防御するのが目的。
百済から亡命した貴族が主導ので「朝鮮式山城」と呼ばれる。
山城であるだけに道の片側は急な谷底に沿っている。
やがて石垣が見えた。
近世の砂防ダムかと思ったが、これが1.300年前に出来た「大野城」の「大石垣」。
大石垣を過ぎると「大野城の内側」となる。
延々と伸びる山頂尾根の土塁郡。
土塁の総延長は約8km。
壮大な大野城だが、この付近が「本丸」的な場所。
「増長天地区」と呼ばれ遺跡が集中して残っている↑↓。
高床式の建物跡。
土塁の外側は急峻な角度で下に向っている。
大宰府天満宮方面。
この土塁のうえを「太宰府口城門跡」に行く。
「太宰府口城門跡」の地。
太宰府口城門跡。
「礎石は踏まないで下さい」と標識がある。
城門からも石垣がつづく。
太宰府口城門跡は四門ある城門のうち「正門」であろうとされる主門。
2014年1月14日