2013年8月9日   金曜日  鹿児島県南九州市知覧町  知覧平和公園
知覧    番所の鼻    池田湖    長崎鼻    山川港    指宿ホテル   
8:36〜9:59    10:39〜10:52   11:37〜11:54    12:24〜13:52    14:16〜14:59    15:57   



大戦末期に特攻という名の自爆攻撃が始まり、

沖縄戦では本土最南の航空基地から飛び立ち、およそ2000、飛行機もろとも帰らず、また帰れなかった。









薩摩半島には陸軍の知覧・万世・加世田基地があり、


大隅半島には海軍の鹿屋・串良・出水・国分基地があり、




陸海軍は競うように沖縄へ向けて発進していった。


















知覧は陸軍最大の特攻数を出した基地として知られる。
















石燈籠には飛行服の陸軍兵が彫られている。













平和公園は広い施設で、

野球場やミュージアムやテニスコートもあり多くの若者がいた。















これは「特攻記念館」かと思ったが「ミュージアム知覧」。
















駐車場から平和公園につづく道には土産物店も並ぶ。






ここ

知覧では「特攻」も商売のうちになっているようだ。











平和公園にある飛行服姿の像。

自衛隊の練習機が横に展示されている。







銅像の前には県知事の碑文。
















公園内にある観音様。



















有名な「三角兵舎」。







特攻兵が出撃前の最後を過ごした兵舎。

















公園内にある「知覧特攻平和会館」。








平和会館は「戦争のむなしさを後世に正しく語り継ぎ恒久平和を祈念する」のが目的と趣旨が書かれてある。






果たして

正しく語り継いでいるであろうか?



えいちゃんは、そう思わない。










兵が国を思い、国の為に殉じた行為だけを語り継げば平和は来るであろうか?

来ない。

















日本兵は人を殺しに出撃したのではない。


人以下の鬼畜生(鬼畜米英)を殺すため。
















全日本人はいかなる状況であろうと「最後の5分まで戦う」事を命令されてた。


その訳は

最後は神風が吹いて日本は勝つ。負けた事の無い「神の国」だから。















知覧特攻平和会館には今日も、平和教育の児童たちがやってきた。





かつてこの国の姿であった、

狂気の時代を伝えるのは困難極まるが、見学することが一つの提起になるのは確かだろう。





つぎ・番所の鼻から見る開聞岳



2013年8月14日