| 2013年8月2日 金曜日 京都府舞鶴市平 「舞鶴引揚館」 | ||||||||||||||||
| 笠岡 | 熊川宿 | 三方五湖 | 小浜 | 高浜 | 引揚記念 | 五老岳 | 赤れんが | 舞鶴 | ||||||||
| 2:40発 | 5:19〜7:11 | 7:41〜8:47 | 9:43〜10:56 | 12:00頃 | 13:45〜14:35 | 15:10頃 | 15:52〜16:30 | (泊) | ||||||||
では300円払って記念館に入る。

館内は歴史の展示や、

シベリヤや帰還時の服装、道具が展示されている。

この時の入館者はえいちゃん及び1組、。
その1組とは、テレビ番組の製作中↑だった。
満洲へ攻め込んだソ連軍は、使える設備・道具を貨車に乗せて自国へ持ち帰った。
それに飽きたらず、元日本兵を道具として貨車に乗せた。

元日本兵が着いたのは極寒のシベリア。
そこで森林作業などの強制労働をさせられた。

「ラーゲリ」と呼ばれる収容所。

これは引揚船の入港時
舞鶴の市民が心を込めて接待をした記録。

岸壁の母や、岸壁の妻の記録。

ラーゲリがあった場所、当時の強制労働服。

「おーい船方さんよ」で有名な歌手・三波春夫もシベリア帰還者。

三波春夫の句詩がいい。
敗れても 故郷はここぞと 旗の波
そうゆう引揚記念館だった。

このページに勝手ながら、他人様のユーチューブを2件借用する。
異国の丘。
岸壁の母。
記念館から出て引揚の桟橋に向かった。
工場の横に桟橋は再現してあった。

シベリアからの帰還者の寄附などで一部再現した桟橋。

当時の桟橋の写真。

現在の再建桟橋。
規模こそ縮小されているが、ここに帰還した祖国の一歩を踏んだ記念の桟橋。

記念館も桟橋も、舞鶴市街地から少し離れている。
そのためだろうか?
それとも風化して忘却されているのだろうか?
記念館を訪れる人が少ないのが気になった。
2013年8月6日