2013年8月2日 金曜日 京都府舞鶴市平 「舞鶴引揚記念館」 | ||||||||||||||||
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2:40発 | 5:19〜7:11 | 7:41〜8:47 | 9:43〜10:56 | 12:00頃 | 13:45〜14:35 | 15:10頃 | 15:52〜16:30 | (泊) |
福井県高浜町の隣町が京都府舞鶴市。
舞鶴の「引揚記念館」に来た。
記念館は引揚記念公園の中にあり、花に囲まれていた。
舞鶴と言えば戦後の外地からの引揚港というイメージが強いが、
正確にはシベリア抑留者の引揚港。
戦後の外地からの引揚者は660万人、そのうち最大の引揚港は170万人の「博多港」。
舞鶴港は66万人、もっとも遅くまで引揚港として存在した。
遅くまで引揚港であったのはソ連に近い港で、シベリアからの抑留者が昭和33年までつづいたから。
では、
えいちゃんも引揚の港が見える丘に登って見よう。
登り口には杖も用意されている。
この坂道をゆっくり登って行くと、
あのメロディが聞こえてきた。
「今日も暮れゆく異国の丘に・・・・」、異国の丘だ。
その曲が終わると
「もしやもしやにひかされて」、岸壁の母。
丘に登るとその歌は石碑となっていた。
丘の中央に記念の石碑と青銅の像があった。
港が見える展望所へ行く。
引揚船(5000t〜10000t)は接岸できず、はしけに乗り換えた。その場所が白い橋の付近の海。
はしけは引揚の桟橋に向かった。
右手の工場の前の付近に引揚桟橋があった。
こんなイメージ。
桟橋は舞鶴湾内の平湾にある。海と緑の棚田と山々があり、
シベリア帰還者にとって”祖国”を実感、それにふさわしい地形になっている。
出迎える旗の波。
港を見下ろす展望台。
2013年8月6日