| 2012年2月10日 金曜日 | 両城町散策 | 呉駅 | 小屋浦駅 | 絵下山 | 坂駅 | 笠岡駅 | ||||||
| 呉市両城町 | 6:38〜8:20 | 10:00 | 10:17 | 12:55 | 15:06 | 17:50 |
休山・宮原通り・呉造船。

唯一、ひろびろとした両城中学校。学校を中心にして、これまた唯一の車道が通っている。

川原石・光町、向うは江田島。


えいちゃんが呉に住んでいた時
両城町の崖に密集した風景が気になっていた。
しかし、そのことはすっかり忘れてた。
想い出させたのが、「海猿」という映画のロケ地になったのを新聞で知った時。
両城町のあの風景はたしかに変わっている。映画に使われるのは当然だ。そう思った。

墓地の坂道を登る両城中学生。

両城中学校と墓苑。

えいちゃんも、この坂道を下りていった。
東川原石の商店街。

「史跡 有崎城跡」の碑。

有崎城跡付近も住宅の石垣がすばらしい。

三条商店街を両城小学校へとすすむ生徒たち。

ランドセル以外は完全に私服・私帽姿が珍しく、写した。
呉市立両城小学校。
この場所は両城小の裏側の塀。この自転車は200階段の住民のものだろう。

学校の裏が200階段のはじまりで、その横には防空壕が残っている。

防空壕の説明板。

では、これより「両城の200階段」を登る。

写真のように↑↓、案内板が建っている。

この説明板にもあるように、
呉は全盛期には人口47万人といわれ(昭和19年)、中国・四国・九州では最大の都市だった。
もちろん、福岡よりも広島よりも岡山よりも人口が多かった。
狭い場所に人口が増えると、どこでも同じことで、山に向かって住宅が建てられる。
両城はそういう町。
2012年2月13日