2011年1月25日  火曜日  午前10:35〜11:33
福山市大門町野々浜 林





この写真のまんなかあたりに、えいちゃんの実家がある。


岡山県笠岡市茂平、岡山県の最西南に位置する。



(笠岡市城見台から)







今日は、


えいちゃんが子供の頃大門駅に行っていた道をたどってみる。



子供の頃のえいちゃんにとって「町」といえば、「福山」と「笠岡」しかなかった。




(東京や大阪は、今でいえばロンドンやニューヨークよりも遠いところだった)




その「町」へ行くためには、大門駅まで行くのが必須条件で


大門駅から福山駅か笠岡駅に行っていた。





(笠岡市城見台から)






茂平から大門駅まで行くには三つのルートがあった。




徒歩の場合は・・・・(暗くて細くて山越えの)野々浜林を通る。

自転車の場合は・・・(山賊が出るという)坂里峠を越える。

夕暮れ時以降は・・・少し安全な、国道。用之江経由。








で、いちばん多かったのが野々浜林越え。










(笠岡市城見台または用之江)




野々浜林越えは実は、

福山市に日本鋼管が進出後も昔ながらの地形であったが

「シャープ」が進出したので



あの


さみしい


山が半分以上は消えてしまった。







果たして、


少年えいちゃんが歩いた道が存在しているのだろうか?

また、えいちゃんの記憶が戻るであろうか?








シャープの寮。

不思議なくらい生活が見えない、人の影も見えない。幽霊アパートのように見える。


(福山市大門町)













シャープ福山工場。



(以下写真は、福山市大門町)













では、野々浜林の道をたどる。




はやくもコンクリートとアスファルトで昔の面影はまったくのゼロ。
















大門町七丁目。

こんな地名はなかったんだけどな。ここは野々浜。













ああ、向こうに蔵王山が見える。

野々浜林は文字通り「林」で遠方が展望できるなんてことはまったくなかった。









どうも、甦らんなあ。


少年の時の記憶が。




しかも、

その頃の野々浜林は最大でリヤカーが通れる幅の道しかなかったからなあ。



















あっ、

この道は歩いた !








ここは間違いなく茂平から大門駅へ行く林の道だった。↑↓。


















しかし、

山陽線を走る電車が見え、再び道は記憶が戻らなくなった。















その当時はこういう細い道ばかりだった。

林の道は狭かった。














国道2号線に出た。

記憶は甦る、というよりは、ここからは全く道が変化していない。














元国道2号線を大門駅に向かう。











大門駅の踏切。

今のようにチンチン踏切でなく、「踏切番」がいた。
















大門駅に着いた。

写真右の散髪屋は、えいちゃん高校時代何回かお世話になったが今も営業している。



















大門駅。

大門駅の一番の特徴は(カーブしているので)列車が傾くこと。






子供のえいちゃんは、駅で汽車は傾くものと思っていた。



大門駅で列車が傾くのは今も昔も同じ、

それに大門駅舎も瓦の色が赤くなったくらいの変化。もっとも写真右にバリアフリーでエレベーターができている。










大門駅前。





えいちゃんが野々浜林から大門駅まで来ていた当時と変化はない。








大津野村は、

駅がある大門よりも野々浜の方が存在が大きいと思っていたが

すっかり「大門」に地名までもが取られてしまったなあ。









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2011年2月1日