2007年4月30日  午前9:50〜12:40
笠岡市北木島町金風呂


「北木石切唄」の記念碑。


”嫁に行くなら北木の嫁に 右も左も金ばかり”


輸入石がはいるまで北木の石も島も、勢いは盛んだった。

(↑、の画像でクイックしたら金風呂の石切り場)







春日神社から見る金風呂港。
たしかに、金風呂漁港という様相。




その金風呂の春日神社の常夜灯。
この常夜灯は珍しい。
下から数えて4段目、こういう模様のははじめて見た。







金風呂の或るお宅の庭石。
これは巨大、
ひょっとしたら個人宅の庭石の大きさでは本邦最大ではないか! ゆーくらい大きい。




「大岩があった、其処に家を建てた。」そうだ。








これも大岩、いうか大石。

北木88ヶ所の9ヶ所ここで済んでしう。

この大岩の札所も珍しい。



港のお婆さんによれば、
かつて北木には小学校が四つあった。

「大浦」「楠」「豊浦」「「金風呂」、それが今は、「金風呂」のみ。
それで金風呂の小学校が「笠岡市立北木小学校」となっている。





「金風呂は台風や災害もなく、食べ物もおいしいし、住みやすい。」





「困ることが一つある。
医療。


もし急に悪くなったら、その時にどうするか。


夜、目が覚めて、もし緊急な病になったときどうしょうか? そう思うとまた寝られないことがある。」






お婆さんは子供は島を離れ、島で一人暮らしをしていうそうだ。

帰りのフェリーが港にはいってきた、
お婆さんに話のお礼を言うと、


「私も 誰かと 話がしたい 思っていました。」

その言葉の意味が直に理解できた。






船にのったえいちゃんに、
お婆さんは手を振ることはなかったが、その姿はいつまでも見えていた。




つぎ・笠岡のハナミズキ














2007年5月1日