2007年4月30日  午前7:25〜9:40
笠岡市白石島  笠岡の伝説@「平家のかくれ里」


平家のかくれ里


白石島の奥地の「平家のかくれ里」というところは、むかし水島灘で源氏と平家の戦争があったとき、負けた平家のさむらいたちが逃げて来て、かくれた所であるとつたえています。

(以後略)



昭和35年出版・ひらけゆく笠岡 笠岡市の伝説抄 



最初、
「平家のかくれ里」のついてはその地を聞いてもなかなか判らないだろうと思っていた。


ところが、
いきなり最初の人がここです。と教えてくれた。





笠岡市には源平合戦に関しては、「ひったか」「白石踊り」が残りつづいている。




「ひったか」は、
海上から攻めてくる平家に対し、少数の源氏側が「火を高く揚げよ」といったのが「ひったか」になった。・・・・・・と、ようすなの祭りの日の放送が言っていた。

「白石踊り」は、
その源平合戦の死者を弔うのが起こり・・・と、本やなんやらに書かれている。





その、白石島に「平家のかくれ里」と呼ばれる僻地の伝説が伝わるのもこれまた、自然の話。












白石の港で新聞の振り分けを指示(または見るだけ)のおじさんが指差したのは、↓。

「さくら園」と「立石展望台」の間をまるく円をかいた。




「でも、どこを見ても同じに見えますよ。」







その付近らしきところに行けば、竹林がつづき、そして山林が混じりだした。





その山は、源平の前の時代も、源平後の現代までもずっと山であったろうな、そういう谷間であった。







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2007年4月30日