塹壕跡の悲しい海辺(アガット海岸)


いくらか錆びた、そしていくらか補修された大砲が海を向いている。

20CM砲・25MM連装機銃。
 


この海も海岸も、日本領であったところ。








日本領土を守るための砲。




日本軍とアメリカ軍が死闘をしたアガット・ビーチ。




「死闘」とは日本軍のことであって、
1944年になれば、はるか南のマーシャル諸島・トラック群島も陥落して日本軍はつぎつぎと負け戦さをしていた。

「決死」の日本軍であり「余裕」のアメリカ軍との戦いが行なわれた。




1944年(s19)7月21日・米軍、グアム島に上陸。8月11日・占領完了。

その3ヶ月後の10月には神風特攻隊が始るほどのよろよろの日本軍となっている。






日本軍のトーチカ跡。



トーチカは崩壊防止のため鋼材で補強され保存されている。


その付近、塹壕が何箇所か残る。


この塹壕に隠れた日本軍人は、
その人たち全員が戦死したであろう、負け戦さの最前線の塹壕だもの。


こういう穴に隠れ、そして死んでいった。
えいちゃんの親の世代。

悲しくなるな。








トーチカから見るアガット海岸。











父の世代は、
軍靴を履き鉄砲持って、何日も輸送船の船内で揺られて戦いにグアムにきた。



そして、
えいちゃんたちは
スニーカーを履き旅行カバンを持って、4時間で飛行機で、観光でグアムにきた。

















作成・2006年10月20日     更新・