2005年12月31日 午後1:40ころ
笠岡市小平井 元・大井療養所
戦後60年で、
女性歌手を二人あげるとすれば美空ひばりと山口百恵だろうなあ。
その百恵ちゃんの左腕というか左肩には大きな痕があった。
あのBCGの痕を覚えている人は多いだろう。
いままはもう、「ツベルクリン」も「ビーシージー」もきえてしまった。
小平井の春日神社参道の横に大井グランドがある。
ここが昭和30年ごろ出来た「大井結核療養所」の跡。
グランドを散歩する老人ご夫妻がいた。
もう90歳前後の夫婦とみえる。
ちょっと結核療養所の頃の話を聞いてみた。
・・・・・
大勢はいっていました。
でも結核になる人がいなくなったので、それで廃止になりました。
(えいちゃんが高校時、この療養所の話しを聞いたことがない。せっかくできたこの施設も10年ももたず廃止されたんだろう)
(「大勢はいっていた」ことに関連して聞いてみれば)
隔離されていました。
ここから出入りする人はいませんでした。
そのころ、この廻りにも家は、そうじゃなあ。いまのはんぶんくらいじゃったろうか。
下にある物置に使っている建物、あれだけが残っています。・・・・
(↓、写真左手。大井公民館が運動用具・テントなどを保管している)
「がんばってぇよう。」
おじいさんとおばあさんが別れ際に大きな声で言った。
大井グランド(大井療養所跡)から下を見れば笠岡インターがひろがる。
このインターをぐるり周り走るのは、えいちゃん定番中のまた定番道。
大井グランド横には日蓮宗「乗福寺」。
もう10時間も経てばこの寺からも”ごーーん”と除夜の鐘。
でも。その頃えいちゃんはもう寝ている。
元旦の朝、はやく起きて初日を見に走るのだ。
2005年12月31日