2004年3月6日 午前8時30分ころ
笠岡市相生 相生墓苑


笠岡市でいちばん大きい墓地、それが相生墓苑。




相生墓苑はまず。
↓のように、石屋の看板が迎えてくれる。




そして、墓苑の中央通り。道路左右に墓地が広がる。






この墓地は門前町だった笠岡の町のお寺が区画整備のため笠岡を去ることになったために作られた(と記憶しているが違うかもしれない)。




墓地はゆったりした広さで整然とされている。駐車場、水汲み場、休憩所、トイレなどがあり市が管理。





墓石の古いものは江戸期。
「天明」「天保」などが刻まれて読める。
ただし名前は読みにくい、名は正面を向いているのでそれだけ風雪にさらされ、ちびているのかと思う。


圧倒的に多いのが新しい墓石。
ちょっとおかしい。

引っ越した墓石がこんなに新しいはずがない。

引越しを期に新しい墓に変えてある、そうしか思えない。
新しい墓石を個人負担でこれだけ多くの人が作ったとも思えない。


墓の移転に際し、お上の金で個人の墓石を作ったんだな。
こんなことは、笠岡の町の住民の歴史の汚点として残る。






相生墓苑は山中にある。
西方向は雑木の切れ間から干拓地や鋼管の製鉄所が見える。





北を見れば井原の向こうの吉備高原が見渡せる。




墓苑から笠岡側に降りる、町と城山と神島が見える。




つぎ・寄島








2004年3月7日