2025年7月25日   金曜日    笠岡    新大阪  〜  新大阪    笠岡 
大阪市北区浪花町・天六交差点                  7:38    9:31   20:20    22:15 




地下鉄「天神橋筋六丁目駅」から地上に出ると、そこが天六交差点。









「ジオタワー天六」の場所には、

以前に阪急の「天神橋駅」があったそうだ。










にぎやかな「天六」交差点だが、

昭和6年、この交差点で”天六事件”が発生した。

その場所に立ちに来た。








天六事件


(Wikipedia)


1933年(昭和8年)6月17日午前11時40分ごろ、大阪市北区の天神橋筋6丁目交叉点で、歩兵第8連隊第6中隊の一等兵(22歳)が、
市電を目がけて赤信号を無視して交差点を横断した。
交通整理中であった巡査(25歳)はメガホンで注意し、天六派出所まで連行した。
その際一等兵が「軍人は憲兵には従うが、警察官の命令に服する義務はない」と派出所内で殴り合いの喧嘩となり、
一等兵は鼓膜損傷全治3週間、巡査は全治1週間の怪我を負った。

憲兵隊は「公衆の面前で軍服着用の帝国軍人を侮辱したのは断じて許せぬ」として曽根崎署に対して抗議した。
6月22日、第4師団参謀長の大佐が「皇軍の威信にかかわる重大な問題である」と声明し、
警察に謝罪を要求した。
それに対して大阪府警察部長も「陳謝の必要はない」と発言した。

天皇が心配していることを知った陸軍は恐懼し、事件発生から5ヶ月目にして急速に和解が成立した。
11月20日に当事者の巡査と一等兵が互いに詫びたあと握手して幕を引いた。






軍国主義が急速に跋扈するようになった満州事変の2年後、

後世の歴史では”15年戦争”の3年目の出来事。










事件は単なる軍の横暴ともいえないように思う。


国民が熱狂した”爆弾三勇士”は、歌になり、映画になり、教科書になり、運動会になり

そういう軍への国民支持が、軍の好き勝手放題、戦争への途となった。

















中之島公園
      大阪”天神祭”を見に行く



2025年7月27日