| 2024年11月3日 日曜日 | 井原 | 芳井 | 大井 | ||||
| 井原市芳井町・芳井生涯学習センター 「芳井ふるさと祭り」 | 9:11〜11:49 | 12:14〜13:31 | 14:00頃 | ||||
| 「岡山県重要無形民俗文化財三原渡り拍子」三原保存会 | |||||||
午後1時10分、これから”渡り拍子”が始まる。

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「岡山の祭と踊」 神野力 岡山文庫 昭和39年発行
渡り拍子 (備中北部)
この踊は、備中北部の阿哲・川上両郡から、 広島県備後の県境に近い地方にまたがって、
主として秋祭の先をつとめる形式で残っているものだが、実際には風流踊の流れをくむ踊とみてよかろう。
すなわち、胴丸の太鼓に四人で一組をつくり、 これを一カラという。
彼らの服装は絣に袴をはきたすきを掛け、
頭には大きな鳥毛や花笠をかむっている。
そして、各人両端に切紙をつけ短い打棒をもって、
打針にあわせてこの打棒で太鼓をたたきながら、太鼓の周囲を飛ぶようにして踊るのである。
神社によっては、一時に二十組に近いカラが編成され、まことにはなやかな様相を呈する。
また、内容からみれば十二種類もあり、
「庭入り、トントコ、ハーシャー、チーチー、サガサガ、備中、チッカイ、テントウ、シャンギリ
トントコ デンゴベー、サーサー」と名づけられているが、
それにつれて打鉦の打ち方も違っていて、打鉦でつぎの踊りの合図をしながら、 十二種類を連続して実施するのである。
打鉦の音も大きいし、何カラもの太鼓もたたかれながら、しかも大きな笠をつけて動きが早く、全体のふん囲気はまことにはなやかである。
笠のうち鳥毛のものは、今では備中筋にはすたれてしまい、山を越えて備後の側から借りてくるところが多い。
しかし、備中、備後とはいっても、 むしろ地域的には同一文化圏を形成しているわけで、
彼らにとっては他国意識は全然ないのが面白い。
小さいことだが、これなども、文化に国境のないことをよくあらわしている一つである。
いま一つ、この地方の伝えとしては、渡り拍子は神功皇后が三韓征伐の際に帰途立ち寄って伝えたといわれているが、
さて、この説はどうであろうか。
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三原渡り拍子
(Wikipedia)
三原渡り拍子(みはらわたりびょうし)は、
岡山県井原市(旧芳井町)の糸崎八幡神社と中山天神社で行なわれる秋祭りの神事である。
1981年(昭和56年)に糸崎八幡神社・中山天神社の神事として岡山県の無形民俗文化財に指定された。
概要
岡山県備中地方から広島県備後地方にかけての吉備高原一帯において、伝承されている渡り拍子と呼ばれる神事の一つであり、
芳井町西三原の糸崎八幡神社と東三原の中山天神社で、毎年11月の第2土曜日とその翌日の日曜日の秋祭りに行なわれる。
伝承によると、鎌倉・室町時代の闘鶏楽が起源であるとされ、
一つの太鼓を尾長鶏の羽根で作られた「赤熊(しゃぐま)」をかぶった男衆が跳ね踊りながら打つ様子から跳ね踊り、
羽根踊りとも呼ばれている。
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「渡り拍子」は終わる。
保存会の方が幟をはずし、拍手のなか踊り手の人たちはステージを去る。

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大井公民館文化展![]()
2024年11月6日