| 2021年11月5日 金曜日 奈良県奈良市 東大寺 | |||||||
| 笠岡 | 宇治 | 奈良 | 笠岡 | ||||
| 5:46 | 8:31〜10:21 | 10:48〜13:30 | 17:04 | ||||
東大寺南大門から大仏殿を見る。

東大寺鏡池。


東大寺中門。

東大寺中門から大仏殿を見る。

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源平合戦
平氏の南都焼き討ちは、その末期のあがきともいえる。
清盛の子重衡は、大軍で南都攻撃を決行した。
東大寺へ乱入して大仏殿以下を焼き払い、興福寺の大半も焼いた。
大仏は焼きただれた。
南都の復興
源氏政権が成立し、特に東大寺に対しては八幡信仰にも助長され復興していった。
重源の奮闘により、当代一流の技術・芸能の徒が動員され、至尊から遊民にいたる人が奈良に往来した。
そのにぎわいは平城京の天平の昔にまさったといえる。
露座の大仏
永禄10年、東大寺大仏殿は松永久秀の兵火で再度炎上した。
焼け落ちた仏頭を、銅板でつぐという仮復旧がすすんだ。
やがて天正6年から鋳物師久重により大仏の修造がおこなわれた。
東大寺大仏殿
今よりもはるかに大きいものであった。
現在の建物は,宝永5年(1708)に再建されたもの。
大仏復興供養の盛儀は2週間もつづけられ、京坂から数万の人出があり、
まさに元禄の太平文化を物語る。
「奈良県の歴史」 永島福太郎 山川出版社 昭和46年発行
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中門で引き返す。
今日は大仏さんのことよりも、秋の奈良の鹿と雰囲気を感じたいと思って来たから。
大仏さん、二月堂、三月堂、春日大社などにも行かない。
帰り道、
南大門。

若草山麓。

土産店。

帰りは、三条通でなく県庁前の通りを奈良駅へ向かう。

近鉄奈良駅。

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午後1時半のJR奈良駅ホーム。
これから、笠岡に帰るだけ。

ところが、
悪い循環にはまってしまった。

乗り換えなくてもいい駅で、乗り換え、
下りなければいけない駅で下りず、
しまいには新幹線の「東京行」に乗って、発車前に気づいて下りた。


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予定よりも遅くなったが、どうにか明るいうちに笠岡に戻ってきた。

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「岡山県高校駅伝競争」
2021年11月10日