| 2018年8月3日 金曜日 千葉県館山市宮城 「館山海軍航空隊 赤山地下壕跡 」 | |||||||||||||
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| 6:25発 | 8:39〜10:42 | 11:24〜13:50 | 14:15〜16:30 | 17:10・17:21 | 19:07着 | ||||||||
館山駅前から乗り合いバスに乗って”宮城”(みやぎ)というバス停で降りた。
いきなり頭の上を飛ぶヘリコプター、エンジン音、プロペラ音が見えて聞こえた。
もともと館山は房総半島の突端にあり、黒船来航以来
江戸や帝都の防衛の要衝地だった。
昭和5年、海軍5番目の実戦航空部隊として「館山海軍航空隊」がつくられた。
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今日は元海軍の「赤山地下壕跡」を見るため、館山駅で降りた。
地下壕の手前で、
入場料金200円払うと、ヘルメットと懐中電灯と、小さな案内ビラをくれる。

地下壕は、
何時頃工事したか、それすら不明だと書いてある。

つまるところ、
他の地下壕と比べてみて、終戦間際(昭和19年〜20年頃)の地下壕であろうと推定してる。
では地下壕に入ります。
ひんやり温度。
内部では何人かの声が聞こえる。
見物人がいるみたいだ。(いないと思っていた)

説明ビラには
「館山市の、土地のおいたちも教えてくれます」とある。

およそ2400万年前の、やわらかい地層だそう。

地下壕の合計長さは1.6km、うち公開部分は約300m。
掘ったのは海軍航空隊の兵隊、つまり飛行機乗りが穴掘り工事をしたそうだ。
工事中に敗戦、未完成の地下壕。

使われ方は防空壕。

規模は大きいが、
資料がないので証言のみ。
資料が全く残らないのは
終戦と同時にまっさきに焼却処分をしたから。全国一律にそうだ、こうゆうことは徹底している。
戦争終結の大決断に対し、書類の焼却処分は歴史的なミスだ。国民としてほんとに情けない。
終戦後、地下壕はキノコ栽培に利用されたとある。
公開は平成16年から。


ヒンヤリして汗が止まった。
足元は悪くないが通路は狭くなったり低い場所もあり少し注意が必要。
規模は大きいが、建設も目的もすべて証言頼みというのが寂しい。
一般公開はよいのだが、証言の蒐集はまったく物足りない。
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JR宮城バス停。
ここで炎天下30分立ちっぱなし。

便数が少ないので10分前にバス停に行った。
バスは20分遅れで来た。
倒れるかと思った。

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つぎ・館山市A駅前
2018年8月15日