| 2017年9月28日 木曜日 栃木県足利市 足利学校 | ||||||||||
| 前橋 | |
佐野市 | 金山城 | |
高崎駅 | |
榛名湖 | |
伊香保温泉 | |
| 9:00発 | 10:30頃 | 13:00頃 | 14:00頃 | 16:00頃 | 16:40着 | |||||
鎌倉時代は神奈川県鎌倉市が政権の中心地だったが、政権を支えたのは毛野国、特に下野国(栃木県)だった。(ように思う)
「鉢の木」は佐野市が舞台であり、
小山氏・那須氏・宇都宮氏・足利氏と有力武家は栃木県に集中している。
そのうち足利氏は、後に反旗を翻し室町幕府をつくったが、鎌倉時代初期に「足利学校」を創設している。
これが日本最初の学校「足利学校」。

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「入得門」から入る。次いで、

「学校門」。

突き当りに「杏壇門」その先に「孔子廟」がある。

杏壇門から庭園に向かう。

左が方丈、右が「南庭園」。

これが南庭園。

南庭園から方丈をを見る。

方丈。方丈が教室を兼ねていた。

方丈の裏側に「北庭園」がある。


遺跡図書館に向かう。

「遺跡図書館」、明治時代に図書館ができた。建物は大正。

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学校は室町時代、
関東管領・上杉氏の手厚い保護を受けた。
戦国時代、
日本にやってきたフランシスコ・ザビエルは、
「坂東には大学に学ぶ博学の者が多いから、日本布教のためには優秀な宣教師を派遣しなけばならない。」と本国に報告したそうだ。
武蔵の「金沢学校」、下野の「足利学校」の名声は世に知られた事が伺える。
学問は当初より儒学が主で、
それは江戸時代に更に重要され、こうして現代まで伝えられた。
(参考・山川出版「栃木県の歴史」)
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足利学校は南と東が濠で囲まれている。

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歩道橋の上から濠と学校を見る。


「足利学校」は「足利氏氏館」と近接し、併せた見学コースになっている。
周囲は石畳の道で見学者の歩道となり、
大きな駐車場を備え足利市民の自慢の場所となっている。
なお学校は”日本遺産”にも指定されている。
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つぎ・足利氏館・鑁阿寺
2017年10月12日