緒方研堂、、、、、かな? 謎の人(調査中) 場所・岡山県井原市芳井町吉井 芳井体育館駐車場 芳井町の町中心の中学校跡地に銅像が建っている。 ところが、この像には銘板もなく、説明板もなく、台座に刻したものもなく・・・、 銅像近くでゲートボールの老人に尋ねても、誰一人その名も功績も知らず 井原市の資料館館等で聞いてもわからず。 誰も知らない像が、公共地に建つ、という珍事になっている。 ![]() 頭にちょんまげ、羽織袴、腰には小刀。江戸時代末期の商家か農家の大旦那さんで、地域にために尽くした人の感じがする像。 なにげなく見ていた本に「緒方研堂」の記述があった。 たぶん、研堂ではないだろうか? 「岡山人じゃが2011」 岡山ペンクラブ 吉備人出版 2011年発行 井原生まれ、幕末の蘭方医 緒方研堂(緒方竹虎の祖父)をもっと理解しよう 赤井克己 大坂・適塾創始者緒方洪庵(1810〜1863)は著名な蘭学者。 一方、同時期の蘭方医、井原生まれの緒方研堂(1814〜1871)は、 洪庵と義兄弟の契りを結ぶほど肝胆相照らす仲。 適塾運営に協力するとともに医学振興に尽くしたが、PR不測のせいか事跡が語られることは少ない。 著名な政治家緒方竹虎の祖父であることも知る人はほとんどいない。 今年は研堂没後140年、知られざる備中出身蘭方医緒方研堂の生涯について。 研堂は文化11年備中国後月郡簗瀬村に生まれた。姓名は大戸郁蔵である。 江戸末期、この簗瀬地区は研堂、その師山鳴大年、養子の弘斎らの蘭学者を輩出した。 天保9年(1838)洪庵が適塾を開くと入門。 刑場での解剖、種痘、ロシア船の通訳も務めた。 このため洪庵の信頼は大きく、義兄弟として緒方姓を名乗ることを許され、研堂と号した。 (以後略) 撮影日・2021年3月27日 |
五浦釣人 場所・岡山県井原市井原町 田中美術館 〜五浦釣人(ごほちょうじん)〜 ブロンズ金色塗 作者 平櫛田中 (昭和45年) 像高220cm 台高 140cm ![]() 五浦(いづら)には3度ほど行ったことがある。 五浦の前は大海原で、その水平線の先にアメリカがあるのを実感できる。 天心先生お気に入りの地というのも、わかるような気がする。 断崖から太平洋を望む景色はすばらしいが、平和なことばかりでなく、 隣に位置する平潟港では、戊辰戦争で官軍が上陸し奥羽越列藩同盟の磐城藩を攻撃した。 太平洋戦争の時は、風船爆弾がこの地からアメリカに無差別攻撃で飛んだ。 「歴史よもやま話下」 池島信平編 文春文庫 1982年発行 五浦 五浦に行きますと、六角堂というのがありまして、これは天心さんの屋敷から先がすぐに海に面していて、 断崖になっていて、断崖の中腹が六角堂という、夢殿にあやかったお堂があるの。 天心が一人で降りて行って、そこで座禅を組んで、お経を読んでいる。 やっぱりロマンチストだな、こういう一種の先駆者というのは。 孤独だったのですね。 半年ボストンにいて、日本へ帰れば横浜からまっすぐに五浦へ行くんです。 そして翌日には,釣りにでかけるのです。 一人孤独の士、東洋の哲人に帰ったわけです。 撮影日・2020年4月2日 |
六代菊五郎鏡獅子 場所・井原市 田中美術館前 田中苑 ブロンズ 作者 平櫛田中 像高 180cm 台座 130cm 昭和49年建立 岡山文庫 現在の菊五郎(=藤純子の夫)は八代目。 六代目はお祖父さんになる。 井原市の田中美術館には、猿股一枚でポーズをとる六代目の木彫り作品が展示されている。 田中(でんちゅう)さんも六代目も、この作品に向き合う真剣な姿が、見る人に感動を与える。 ![]() ”でんちゅうくん”は井原市のゆるキャラだが、 名称から田中先生の姿のはずだが、ゆるキャラの実態は”鏡獅子くん”になっている。 ![]() 撮影日・2016年11月16日 |
平櫛田中 場所・岡山県井原市西江原町 西江原小学校 ![]() 平櫛田中は、明治5年、岡山県後月郡西江原村に生まれた。 管理人の母は西江原の生まれで、祖父母や叔父が住んでいた。 晩年の叔父は「田中(でんちゅう)には負けん」というのが口癖だった。 田中先生は郷土の人にとって、芸術文化の誇りであり、長寿の目標でもあったようだ。 ![]() 田中先生の言葉は日本人に愛される格言になった。 いまやらねばいつできる わしがやらねばたれがやる 六十七十は はなたれこぞう おとこざかりは 百から百から ![]() 叔父は田中先生の寿命に追いつく勢いがあったが、結果は98歳で亡くなった。 母も、たぶん目標にしていたと思が、母は95歳で亡くなった。 叔父も、母も、長生きできたのは田中先生長寿のおかげ、も少し感じる。 撮影日・2018年11月25日 |
| 子安大師 場所・岡山県井原市井原町 常楽寺 ![]() ![]() 撮影日・2012年3月31日 |
作成・2021年10月9日 追記・2021年10月20日