2005年11月12日 午前8:10ころ
井原市芳井町 桜渓塾跡公園(さくらだにじゅくあとこうえん)
笠岡の空は真っ青だったが芳井にきてみれば霧の中。
県道のトンネルを通り抜けると「←さくら団地・桜渓塾跡公園」の標識。
それによって左折して山を一キロくらい昇っていけばさくら団地という30〜40区画くらいの住宅団地、うち家は10棟程度あり。
そこを捨ててすぐ左手に桜渓塾跡公園はあった。
惜しいのう。
もうちょっとすれば霧が晴れてくるのに。
そう思いつつ公園の道を上る。
公園は秋の紅葉。
桜渓塾跡公園は「桜渓塾」があったところ。
「桜渓塾」とは興譲館の初代館長・阪谷朗廬(さかたにろうろ)がひらいた塾。
阪谷朗廬は美星の九名村というところで生まれた漢学者。
この塾は2年間でおわったそうだ。
阪谷朗廬が興譲館のはじまりと同時にひっこしていった。
それはペルーの黒船がくる1・2年前の時代のこと。
公園のまわりには四季の木々がある。
静かな環境は江戸時代とそんなに変化はしていない。
そういう感じがした。
2005年11月13日