皇国地誌・明治9年

皇国地誌・明治9年について

「明治七年四月二十六日付けで太政大臣から使府県宛に、各県均等に100円を皇国地誌編集費用として交付する。
着手の時から月割りで支給す、また是迄取調べたものについては明細書を提出せよ、大蔵省が支弁する(岡山県史)とあるところからみると、明治七年四月から着手しており、次第に肉付けされ、明治八年六月にいたって上記のごとく県へ達せられ、地誌編集へと展開する。」

農産加工

「農産加工は盛んであり最も一般的なのは(白)木綿、畳表、及び油搾りである。
綿を栽培し、糸をつむぎ、さらに白木綿を織るのが、普通であった。
用之江が500反織り、他売せずと注記しているのは興味深い。茂平は余りを他売している。」

民業 半農半漁

「生江浜村の民業に項に、男の仕事として農120、商7、半農半漁150とあり、隣の茂平村について、男の業として農88戸、漁猟50戸としるしており、両村とも半農半漁という概念を当てはめるこてができよう。」

民業 薪炭不足

用之江・大宣・生江浜などと併記され茂平は薪炭に乏しい村だった。

就学率

小3区(茂平・大宣・用之江・生江浜) 人口比 6.9% 女生徒 生徒数比 17.6%


2001年4月28日