治安の乱れ


(岡山県史・「戦後の犯罪と治安の乱れ」)


世相の混乱は犯罪の温床となった。前途に展望を見出し得ない精神的荒廃、食糧や住宅の不足、インフレの高進、失業者・浮浪者の氾濫、その日その日の生活さえ困難な世帯の激増、混乱に乗じての投機行為や暴力行為などが複合して犯罪は激増する一方であった。
他方では行政機関の権威に失墜は権力不信を生み、戦時中のオイコラ警察や憲兵の不当弾圧に対する反発も多かった。

激しい差別を受け続けてきた在日朝鮮人のなかには抑圧からの解放を喜ぶだけでなく、今までの差別の裏返しとして日本人全体を蔑視したり・・・。また日本人以上に就職の機会が得られない為、やむなく酒の密造やヤミ売買で生計をたてざるを得ない人々もあった。身寄りが少なく、故郷への復帰も困難だった在日朝鮮人にとって、戦後の日本は日本人以上に住み難い場所だった。生活を守るに集団で行動することもやむを得なかった。そのような状況で一部に不法行為に手を染める者も存在した。


県下における犯罪件数は1945年に比べて、1946年から48年にかけて犯罪件数が急増し、特に1948年は戦後最高を示すにもかかわらず、同年の検挙率(51.2%)は最低の1947年(46.4%)についで低い。
犯罪の種類別にみると1948年の場合76%までが窃盗犯である。
生活に困っての窃盗が多かったと言えるだろう。



2000年11月6日