| 2025年4月3日 木曜日 | 新市 | 井原 | |||||
| 福山市新市町 相方城跡 | 9:51〜11:30 | 12:38〜13:07 | |||||
相方城(さがた)城の桜を見に来た。

城の南側麓の工業団地から登城する。
桜の道。

石垣が見えてきた。

曲輪は西側と東側に別れ、その間は細く、左右は堀切でよそ見をすると100mほど落下する。

東側曲輪に特に石垣遺構が多く残る。


城跡からの府中・新市・駅家・神辺方面の眺めがいい。

お城は地元の「宮氏」が築き、戦国時代は「毛利氏」の支城になり、関ケ原の毛利敗戦により「廃城」されたそうだ。

詳しくは、
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福山市のHPの説明
相方城跡(さがたじょうあと)
新市町相方の芦田川南岸に接する標高約190mの丘陵上に築かれた山城である。
主郭となる山頂部の遺構は,標高191mを頂部とする東側曲輪群と,幅約30mの空堀を挟んで標高188mを頂部とする西側曲輪群に分けられる。
いずれも打込接の総石垣で築かれている。
二つの曲輪は300〜700平方メートルの広さがあり礎石建物があったと考えられ,瓦や土師質土器が出土した。
また,頂上から派生する尾根の各所にも曲輪が確認されているが,これらには石垣はない。
今日までの発掘調査結果や繩張り図などを検討すると,相方城は,在地の領主によって築かれた中世山城の上に,戦国末期に毛利氏が直轄城として主郭部を総石垣で築いたものであろうと考えられている。
なお相方城に関しての文献史料はほとんどないが,新市町戸手の素盞嗚神社の門は,この城の門を移築したと伝えられている。
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高所恐怖症が進み、
石垣を上るのもこわくなりました。(ここで止めました)

お城を見たので、桜の登城道を下っていきました。

城や桜を見る人はいないですが、今の季節は、登城への道べりにわらびが多く、
老夫婦が袋一杯にわらびを採っていました。
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吉備津神社の桜
2025年4月03日
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