2021年12月24日  金曜日   愛媛県宇和島市丸之内  宇和島城             
宇和島城    宇和島    八幡浜   保内    八幡浜    伊予市・郡中    松山市駅 
8:40頃    9:55   10:26・10:45    11:10〜13:43    14:08・14:30    15:09〜16:30    16:53(泊) 
                         


宇和島城の石垣は見応えがある。



これは「藤兵衛丸石垣」で、宇和島城最古の石垣。











登城への石段も昔を偲ばれる。











「城山郷土館」を過ぎると、










ここで二つある登城への道が合流する。














朝日を浴びえる、名山・鬼ヶ城山 。標高1.151m。












天守閣が近づいてくる。この感じがいい。













そして宇和島湾と宇和海が見えてくる。







宇和島城

宇和島城は藤堂高虎が伊予7万石で慶長元年(1596)築城に着手した。
しかし朝鮮出兵のこともあり工事の進展はおそかったが、慶長6年にほぼ完成した。
標高80mの山頂に本丸を置き、中腹に二の丸、三の丸を置き、城山を囲む山麓に武家屋敷を置いた。
慶長19年伊達宗政の庶子の長子、宗秀が宇和郡十万石に封じられた。

「日本名城の旅」  井上宗和著 ゼンリン 2001年発行













宇和島城

リアス式海岸である宇和海の最深部に位置する、標高74mの山頂に本丸を築き、城郭の約半分は海に面した海城でもあった。

「城と城下町」 西日本城郭研究会 メイツ出版社 2011年発行









天守


1666(寛文6)年に建てられた二代目天守。
白壁の塗籠式層塔型で千鳥破風や唐破風などに飾られた風格ある姿だ。

城の周辺や堀は埋立られ、海城の面影は薄くなった。


「城と城下町」 西日本城郭研究会 メイツ出版社 2011年発行










宇和島城天守(国重文)は、独立式三重3階、白壁の総塗り込め造りのものである。

現在の天守は江戸幕府4代将軍のころ完成したもので、平和な時代の城の様相を示している。
石垣上部には犬走りが、玄関には式台が設けられている。

3層には唐破風、2層には千鳥破風、1層には2つの千鳥破風、そして玄関には唐破風と、変化をつけた屋根が白壁に映え、優美な姿をみせている。


「愛媛県の歴史散歩」 愛媛県高等学校教育研究会  山川出版社 2006年発行












では天守閣から去ろう。




上った道を下りていく。







児童公園もある。









和霊神社
「JR西日本・四国くるりきっぷ」 (2021.12.24)


2022年1月9日