2020年3月19日  木曜日      笠岡  〜  大門    笠岡    
福山市大門町野々浜・大門    10:30    12:36    14:42     
            浜街道(笠岡街道)  笠岡市笠岡・金浦・吉浜・大=E用之江〜福山市大門町     



「七隠」は名の通り、何度も曲がりくねった隠れ道。
















山中の細い道。

この馬車がすれすれ通れる程度の道が、国道2号線の時代があった。












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「大津野のあゆみ」 平成15年 大門町誌編集委員会発行

大門駅の設置以前から既に引野から大門を経て笠岡に至る道は通じていたが、
明治8年に道路の幅員が1間から2間に拡張され、荷車や人力車の通交を便利にした。

大正に入ると「大正記念事業」として、内務省から各県郡村道の改修を施すことが指令され、
福山から大門を経て笠岡に通じる道路が改修整備された。

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この小さな峠にも”六部”の碑が建つ。







諸国を廻国中、ここで倒れたのだろうか?








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「野々浜むかし語り」1991年野々浜公民館発行

笠岡に行く道は、大正ごろに改修されて今の国道筋を通るようになった。
しかしそれ以前は七隠れと呼ばれる悪路だった。


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野々浜の人たちが、笠岡に行く場合この付近で七隠に辿る。今は正面にシャープ福山工場が見える場所。






瘡守神社から上り、この付近に番所があった。











やがて民家が見えてきて、七隠は終わる。
















現在の、大門・幕山道路に合流する。















”辻の堂”。


















正面の山は枝広城。

小坂池の向こうに「上之坊」(かみのぼう)が見える。左に新しい住宅が並ぶが神原酒造があった。




枝広城の麓に細い道があり、それが大門高校の電車通学や大津野の人の通学路。







この「大門高校」看板ふきんで、浜街道は直進し福山城下へ伸びる。









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「大津野のあゆみ」 平成15年 大門町誌編集委員会発行

大正11年8月に「道路法」が設置され、大門駅前を通る道路は県道となった。
更に、昭和4年には県道福山〜笠岡間は第二国道に昇格している。

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旧2号線は大門高校看板付近で左折して、大門駅に向かう。
















JR大門駅。















この上りの電車に乗って帰る。


ホームに高校生が見えるが、通学に大門高校・銀河学院・英数学館の三高校が利用している。








大門駅から笠岡駅まで(北側席)





気温21度、今年の最高気温だった。

おうちに帰ってから、ひさびさに車を洗った。




道の駅・笠岡ベイファーム@カラシナA



2020年3月20日