2016年2月15日 月曜日 福岡県朝倉郡筑前町〜三井郡大刀洗町 元陸軍大刀洗飛行場跡 | ||||||||||||
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のぞみ48 |
では大刀洗に来た目的である飛行場跡を訪ねる。
憲兵隊の煉瓦塀。
”泣く子もだまる憲兵隊”、
兵も住民も黙るしかない。
左の白い塔が「時計台跡」、右は「西日本航空発祥地」。
最初民間で、後に陸軍。
陸軍飛行第四連隊の門跡、後に陸軍飛行学校の門になった。
監的壕。
軍用機の射撃訓練の着弾を観測する。
第五航空教育隊東門跡。門柱をズームすると
門扉の取り付け金具が残る。
大刀洗飛行場は遺物が少ないと言われる。少なくしかも点在。
”東洋一”の大刀洗飛行場は広い。
現在の福岡県の朝倉郡筑前町〜三井郡大刀洗町〜朝倉市にまたがる。
現在は住宅・工場・田んぼ・道路に化していて
おそらく地元民でさえ地図を手にして確認しながらでないと遺跡訪問は難しい。
訪れたい場所はまだあるが、ここで止める。
甘木鉄道・大刀洗駅に戻った。
駅舎や駅前は戦時中繁栄を誇り、百貨店もあったそうだ。飛行場には引込線が伸びていた。
飛行場の用地に限った事では無いが、
軍事施設の用地は所有者から形式では買上げたが、事実上差し出すものだった。
戦後に多くの軍事施設がそのまま元の所有者に戻ることなく、自衛隊・飛行場・大学・高校等に利用された。
”軍事国家”から”平和国家”に転換した日本。民間に戻った大刀洗は戦後の経済発展に伴う地形変貌では、これが精いっぱいの戦争遺跡かも知れない。
つぎ・福岡市
2016年2月19日