2015年8月4日  火曜日    福井県敦賀市金ヶ崎町        金ヶ崎緑地         
敦賀     賤ヶ岳   温泉    笠岡(着)   
 6:14〜9:20   10:00〜10:40     11:30頃    18:00  



最近は使われなくなったが「裏日本」という言葉があり、日本海側の地域を総称していた。





その裏日本の若狭湾には日本を代表する二つの港があった。


大日本帝国海軍・舞鶴鎮守府がある「舞鶴港」と、ヨーロッパ大陸の玄関口である「敦賀港」。















もともと敦賀は北前船で賑わっていたが、

鉄道が敷設されると中国・朝鮮・シベリア・ヨーロッパとの国際港として発展していった。


















明治35年、ウラジオストク港との航路ができた。

日露戦争後はシベリア鉄道を経由の輸送が始まり、シベリア鉄道がヨーロッパとの最短コースとなった。








港↑と駅↓は近接し、ここから外交官も留学生も商人もヨーロッパへ向かった。




岡山市出身の、アムステルダム五輪・銀メタルの人見絹江選手も、この駅で降りシベリア鉄道経由でスエーデンに行った。








ヨーロッパ以外でも日・鮮・満の最短コースだったようだ。





















写真左は敦賀港の名所「大正橋」跡で、右は敦賀港の係船柱で

古き良き時代の遺産として残すという案内板が建っている。

















港は今、

「金ヶ崎緑地」として大きな海浜公園になっている。


















その中心施設の「きらめきみなと館」。





















きらめきみなと館は大変大きな建物で、

その手前に「五木ひろしの洋鐘」がある。



若狭湾出身の大歌手・五木ひろしが、

敦賀港開港100周年を記念して「敦賀恋歌港歌」を歌った記念碑(記念鐘?)。
























北前船のモニュメント。


























レンガ通路、時計台。


















昭和橋と児屋ノ川。



















現在はマイナス14m岸壁とガントリークレーンを持つ国際貿易港。

コンテナー荷に強いようだ。


















ボードウオークから見る「きらめきみなと館」。





後ろの建物は市民文化センター。

新旧の敦賀港がきらめきみなと館のまわりにあり、敦賀の今と昔を両方見える憩の公園となっている。





つぎ・金ヶ崎緑地A



2015年8月20日