2013年9月7日 土曜日 | 笠岡駅 | ![]() |
宇野線・常山駅 | 〜 | 宇野線・備前片岡駅 | ![]() |
笠岡駅 | |||
玉野市宇藤木 岡山百名山・常山 | 6:04 | 7:40 | 10:46 | 12:14 |
山頂が見えた。
ここが児島富士・常山の山頂、307m。
山頂の「腹切り岩」。
常山城は備中の戦国大名三村氏の城で、城主は上野氏。
天正3年、毛利の大軍に攻め込まれ落城。
その際城主の妻と侍女、併せ三十余人が城外で奮戦した悲劇で知られている。
腹切り岩には自害した城主の石碑が建つ。
写真左に見えるのはコンクリート製の展望台。
樹木に覆われた山頂だが、由加山方向は望める。しかし雨の為、何も何処も、わからない。
これが「娘軍」の墓。
墓は昭和12年に建てられた。今は常山に登る人の代表する目的場所になっている。
そして来た道を、戻った(下った)。
麓の桜の公園まで下りた。高校生がコートでテニスをしていた。雨は小雨になった。
桜の公園から見る灘崎町。六区・七区方面。
まだ朝の9時を過ぎたばかり、
このまま笠岡には帰れんなあ。早すぎて。
区役所の辺に行って見よう。
あっ「岡山市」の標識がある。
ここまでが(玉野市)常山で、あそこから(岡山市)灘崎なんだな。
えいちゃんが三井造船で船渠造っていた当時は、
児島郡灘崎町はいずれ、玉野市灘崎町になると思っていたけど・・・・
岡山市に合併され、ついでに「灘崎町」の地名も消えてしまった。
写真左がトマト銀行、ここを川に沿って山に行くと「大山桜」があるところ。
迫川名物(?)の信号。今は生活道路になり信号待ちの車も少なさそうだ。
ここが迫川駅。
迫川は「はざかわ」と読む。
そのホーム前には旧駅名が建っている。
開通した明治43年から昭和27年まで「由加」駅だったそうだ。
よくまあ、
明治・大正・昭和の人は文句を言わなかったものだ。
どっから見ても「由加口」だ。今なら偽表示で訴えられる。
ホームは二面あり、右が岡山行(茶屋町止りが大半)、左が宇野行。
迫川駅近くの民家に咲くアジサイ。9月のアジサイは珍しい。
2013年9月10日