2013年3月15日 金曜日 | 感状山城 | ![]() |
白旗城 | ![]() |
三日月 | ![]() |
上月城 | ![]() |
作東 | |
兵庫県佐用郡作用町三日月 「三日月陣屋」 | 9:06〜10:23 | 11:10〜13:55 | 15:00頃 | 15:37〜16:19 | 17:10頃 |
三日月の町にすんなりと来たのだが、
ここから陣屋までは遠かった。
「味わいの里三日月」↑、
ここから車で2〜3分程度の距離だがT字路で道が狭くなり、標示もないので一度引き返した。
次に学校側から行ったが、完全な狭い生活道路になり、1分の距離で・・・ここも標識がなく・・・引き返した。
こんな小さな町と油断したのが間違いの元だった。
こんなことになるなら味わいの里で道を聞いとけばよかった。
JRの三日月駅ふきんにも標識がないので、近くの役場に行った。
これが旧三日月町役場。現在は作用町三日月支所。
支所でパンフレットを2種類いただき
道の確認もできた。
(「三日月陣屋」については、支所の方も標識不足を認めていた。初めての人はまっすぐ行けない)
ついでだから三日月の町を歩いてみよう。
支所から見える「三日月陣屋」。
役場の下に商店街の通りがつづく。JR姫新線の三日月駅も近い。
町は因幡街道の宿場町としても栄えた、現在人口4.000人。
この因幡街道に並行するように国道179号線が裏側に通っている。
「三日月」という風流ゆうか優雅ゆうか、変わった町の名は
鎌倉時代の執権・北条時頼が3ヶ月この町に滞在した由来。
北条時頼は「鉢の木」で有名な、あの人。
では三度目の正直で陣屋へ向かう。
今度はすぐに着いた。
こんな小さな町で思わぬ時間を費やしてしまった。
これが「三日月藩乃井野陣屋」と呼ばれる、復元した陣屋館。
平成11年から最近まで
古文書や絵図や発掘調査により
忠実に再現したものだそうだ。
1700年頃から津山藩分家の森家が1万5千石の領主として幕末まで支配。
中央にあるのが「中御門」。
太鼓状の木橋も忠実に再現↓。
長屋に挟まれた「物見櫓」。二階の出格子からは町がよく見渡せたそうだ。
復元して間が無い陣屋だが
史実に忠実な感じに好感が持てる「三日月陣屋」だった。
2013年3月18日