2013年1月7日 月曜日 | 柳津 | ![]() |
今津 | ![]() |
松永 | |
福山市松永町 | 10:41〜 | 12:00頃 | 〜13:52 |
松永中学校の前。
学校の前には新しい住宅が並ぶ。
ここにはかつて「中外製薬松永工場」があった。
明治の終わりごろから、製塩の副産物の「苦汁(にがり)」を利用した薬を造っていたそうだ。
このレンガ内に祀られた石仏は山陽本線の線路わきにある。
鉄道の暗渠で残ったレンガを使ったものだろうか?
入浜式塩田に縦横に流れ(?)干満(?)していた「入川」。
この道もかつては「入川」だった場所。
これも共同井戸。
元三木醤油の工場があった場所近くの地下道入口。
「右鞆街道 左松永停車場」の道標がある。
建ったのが大正2年、まだ明治46年。
「駅」と言えば江戸時代の宿場の方が幅を利かせていた。
大正が終わる頃には逆転して「駅」と言えば、鉄道駅になったのだろう。半世紀が必要だった。
その地下道。
酒樽のようなものが置かれている。
邪魔になるなあ。と思って見渡せば他の場所にも酒だるが置かれている。
何のためかな? 灰皿替りでもなさそうだし。
向うからおじさんが来たので聞いてみた。この通行の妨げになるものの意味を。
すると
おじさんは毎日の事なので全く気にして無いそうで、
「地下道の下入口に置いてあるので、その目印だろう」とのことだった。
日本一変わった目印だ。
松永で一番立派なビル、福山市松永支所。
支所から駅へ向かう。
この川も当初は「入り川」だったのだろうな。
JR山陽本線松永駅南口。
松永をつくり、「松永」と命名した本庄重政の銅像が建つ。
2013年1月9日